お知らせ ( 2007年5月 の記事 )

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2007年5月11日(金)

ED, バイアグラ、レビトラ、その1

男性にとっては悩ましい問題であるEDですが、バイアグラ、レビトラの登場で、その貢献度は計り知れないものがあります。

よく尋ねられる質問として、どちらが効くのか、と。

キホン的には同様な薬です。バイアグラの世界とレビトラの世界と別な世界があるわけではないはずです。

現状ではバイアグラ50mgに対してレビトラ10mg相当といわれていますが、今夏にレビトラ20mgが発売されると聞いていますので、やはりレビトラ10mgではバイアグラ50mgよりは弱いということだったのでしょうか。

多くの方が経済的な面からか1回の使用量として半分にしたりしているようです。

副作用はどちらかというとバイアグラのほうが多い印象ですが、バイアグラのほうがよいという人も相当多くいて、どちらがどうよいのかはつかってみないとわかりません。

いずれにしても安全に使っていただきたいので、何か疑問があればご相談ください。


 
2007年5月5日(土)

余裕のない状況、時には仕方ないか。でも仕方ないとも言い切れない。

私が時々行くプールでの先日の出来事です。

恰幅のよい、あごひげを上品に生やした、いかにも社会的に成功しているという立派な紳士が受付で、20歳そこそこのプール受付の子に怒鳴りつけています。

”なんでこんなロッカーの番号を渡すんだ!隣がいるじゃないか!”と。 自分がもらったロッカー番号の隣にロッカーを使っている人がいたので、どうも”余裕”をもってロッカーを使うことができなかったのでしょう。

挙句の果てに、

係りに”馬鹿野郎!”呼ばわりです。

このプールのロッカーは上下2段になっていて、普通のロッカーなのです。300以上もあるので、そう簡単に満杯にはならないのですが、2段であるために、プールの受付はなるべく上の段のキーを渡してくれます。

それで隣のロッカーの人も良く出会いますし、時には自分も下の段になったりします。

それでも文句を言う人はないと思っていました。というより、そんなことで文句を言うことがあるかどうか、一瞬たりともかんがえたこともなかった。

係りの人もどうしていいかわからず、呆然としてました。

文句を言っていた紳士は立派な二輪車できていました。

あんなに文句を言うんなら、こんな融通の利かないプールにこなければいいのにと思います。自分の気に入るプールを見つけて、そこで気持ちよく泳げばいいのに・・・、と。

たまたま虫の居所がわるかったのでしょうか。 気分を悪くする事態が起こってから、プールに来たためにちょっと余裕がなかったのでしょう。この方の見た目からして、普段はきっとおおらかに人と接していらっしゃると思いたいです。日ごろは逆に、ストレスの多い状況で、多くに人たちをはげましていらっしゃる立場にいるのだと。

自分もゆとりがないときは、同じかなと。

いずれにしても年齢や、見かけなどに関わらず、こんな場面に出くわします。

追伸:

今朝の朝刊に、”傍若無人な「お客様」”と言う見出しで、コラムがあった。留学生が留学先に行って、金を払っているから、生活の規範を強要される必要はないという。電車のなかでのちょっとした迷惑ごとが起こった時に、写真を撮った撮らないでもめる・・・。

先日も”医の現場”で、患者さんたちの「院内暴力」について取り上げていた。

以前の私が聞いた話ですが、85歳になる高血圧のおじいさんが血圧の薬を飲まないので、”この薬を飲んでいれば大丈夫ですよ”といって、何とか説得して服薬していただいた。元気で過ごされていたが、あるとき、平衡感覚を崩して、転倒し、骨折。臥床となり、誤嚥を起こし、肺炎となって、亡くなられた。

おじいさんが亡くなったときに、家族が私たちに言った言葉が”この薬を飲んでいれば大丈夫だといっただろう!”と。”ふらついたのは血圧の薬が効きすぎたためだ。場合によっては訴えてやる。”

こんなとき、私たちはどのような対処があるのか、よくわからない。弁解する必要があるのかどうか。コミュニケーション不足なのだが・・・。

それにしてもこんなことも最近は良く耳にする。

先日あったことは、花粉症の薬が効かないといって、薬を返しに来て、その上、返金するように迫られたことである。今後このような事例が増えることであろう。

今後、効かないというだけで、返金だけでなく、場合によっては業務上の保障までしなければならないこともありうるかもしれない。

 


 
2007年5月3日(木)

大人の約束

先日約束のない出会いというのは拘束がなくていいという話になりました。

将来はいずれ農村地帯に住んで、畑を耕して、近所の人たちと仲良くやって、時にはパーティでもして、時々呼ばれたりして・・・、なんて思ってみたこともあったのですが、結局付き合いが苦手な私にとってはそんなコミュニケーションが煩わしく感じられることも多いかな、なんて誠に勝手なことを考えてしまいます。

医師として種々お話をお聞きしていると、その人それぞれのさまざまな考えがあり、価値観があるので、私たちがとやかく言ってもどうしようもないという悲観的な見方さえしてしまうことも多いのです。

私自身は希望を持って生きているつもりですが、人間関係では希望だけでは済まない部分もあり、医師として仕事をしていて、特に最近そう思うようになりました。

さて将来は・・・、なんていったのは、いったいどんな付き合いが良いのか、と思ったのです。

河合隼雄先生の本で”大人の友情”という著書があります。そのなかに夏目漱石の”こころ”が引用されています。人間関係の本質を希望だけでは済まないものとして漱石は描いていると。

人間の本質というのは知らず知らずのうちにそのような状況を作ってしまうことなのだと思います。歌の文句ではないのですが、”知らず知らずのうちに”、そうなってしまう。 気がついてみると(気がつけばいいですが)、それは時に悲劇的でさえあります。ロミオとジュリエットですね。

浜田広介さんの本で”泣いた赤鬼”という本があります。

”知らず知らずのうちに”、赤鬼と青鬼の友情は赤鬼の期待とは別な方向にむかってしまう・・・。

日常でもそんな状況はいくらでもありますね。

では大人の付き合いは何がよいのか。

それは約束しないことかな、と思うようになりました。

そのときそのときの出会いや時間を大切にする・・・、ということだけです。

約束をするから裏切られる。期待するから裏切られる。

約束しないという約束、そんな約束ができるような仲間とのコミュニティーなんて・・・・、勝手すぎるでしょうか。