お知らせ ( 2007年4月 の記事 )

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2007年4月28日(土)

リスク回避

私は通勤の際、小学校近くを通るので、通学している小学生に会います。

当たり前ですが、その小学校の通学路には道路があり、そこそこ車が通り、信号があり、信号のところには横断歩道があります。

横断歩道の近くには歩道橋もあります。

朝の通学時間帯にはそこに緑のおばさん(と今でもそういうのでしょうか)も立っています。

この道路を渡らなければならない学童は全員が歩道橋を渡って通学するのです。

全員が歩道橋を渡る学校としての指導が徹底している点ですばらしいと思って毎日見ています。学童の安全を配慮した指導に感服します。

私たちの学童期は交通量も少なかったというべきかどうかはわかりませんが、それでも昭和40年代の経済成長で公害などもあった時代でした。

私の小学校の前には交通量のある道路があり、歩道橋もありました。

でもあまり歩道橋を使わなかったと思います。というよりも歩道橋を避けていました。階段を上るというはいやでしたね(今は好きですが)。

歩道橋ができる以前は信号のある横断歩道だったのですが、歩道橋ができて信号と横断歩道がなくなりました。

当時どうやってこの道路を渡ったかというと、別な信号つきの横断歩道を渡っていました。 校長先生から歩道橋を使えと聴いたこともあったような、なかったような・・・。少なくともほとんど使った記憶がありません。

その道路は横断歩道もあって信号もあるくらいですから、車は行きかっているし、たとえ信号が付いていてもそれなりに注意しないと渡れない道路でした。

リスクとベネフィット、それらを享受する人々、大きなリスクと小さなリスクなどなど・・・。ちょっと考えさせられてしまっています。

 


 
2007年4月25日(水)

腎機能低下

最近新聞で慢性腎疾患をCKDと称して特集したようだ。

CKDでは腎機能を研鑽するのだけれど、MDRDというアメリカの簡易式(腎臓学会でもこれに若干の修正を加えるようだ)を当てはめると、日本人は6割以上が腎機能60%以下でCKDという”病気”になってしまう。

では腎不全(透析)になる人が日本に多いかというと、アメリカと変わらない。いずれの国も透析になる一番多い原因が糖尿病である。

新しい疾患概念が出ると、国民の大多数が病気となってしまう。特にリスクリダクションが治療の手段である疾病では顕著である。

 


 
2007年4月23日(月)

「わかる」技術

畑村さんの「わかる」技術を読んだ。

わかることには要素と校正、テンプレートがあるようだ。

その中で話の上手い、下手の話題があって、興味深かった。

上手い話し手は立体的なのだという。

話の論旨展開にもテンプレートがあるだろうが、テンプレートも立体的なのだろう。面白みというのはこのテンプレートに沿っていながら、「わかる」ことが可能なテンプレートの拡大というか、展開が不可欠と理解した。

この展開が自然にできる人もいれば、苦労してもできない人もいて、解析だけでは終わらない「なにか」が存在するように思える。


 
2007年4月17日(火)

明日は明るい

先日勤務の帰りに電車に乗りました。

停車していた電車で座っていた若い男性の携帯電話が鳴りました。ホームにはすでに発車のチャイムが鳴っています。

その男性は電話に出るとすぐに席を立ち、電車から飛び降りて電話に出ました。

電車はすぐにドアが閉まり、発車しました。

その男性は携帯で2,3言話した後に電話を切りました。電車はゆっくりと彼の前を通過していきました。

彼は何のこともないように次の電車をまつ様子でした。

ただそれだけだったのですが、気持ちがすっきりしたというか、明日は明るいな、なんて思ったりしました。

 


 
2007年4月12日(木)

10000

10000という数。

1週間は”分”であらわすと60(分)x24(時間)x7(日)=10080(分)。

1週間って1万分なんですね。

長いようでいて10000分なんて短いなぁ。

では10000日ってどれだけでしょう。

10000(日)÷365(日)=27.397・・・。

1万日というのは約27.4年なんですね。

人間の一生を考えると3万日くらいしかないということになります。

自分の残りの時間も10000日くらいしかないのかと思うと、どうしようもない気持ちになります。

小中学校時代の運動会は”運動オンチ”の自分には良い思い出ばかりではないけれど、リレー選手にもなったりで、楽しいこともありました。お祭りみたいなものですね。

そんなさまざまな思いのある運動会でしたが、良かれ悪しかれ、運動会が終わるときは達成感と後悔の入り混じった気持ちでした。

運動会がもっと長く続いてくれたら・・・。でも終わってしまう・・・。必ず終わってしまう・・・。

どうせ終わってしまう”お祭り”だから楽しく過ごそうなんて普通は思うのですが、もし運動会が一生に”1度”しかないとしたら、楽しんでいこうというだけでは済まないですね。勿論楽しんでいたいのですけれども。

”運動会”をもっと長く続かせたい・・・。楽しむ、楽しまないに関わらず。楽しんでいこうなんていうゆとりはない。”運動会”をもっと長く続かせたい・・・。      でも必ず終わってしまう。

そんな1度の私の”運動会”も後10000日くらいしかないのだな、と先日誕生日を迎えて、とりとめもなく思いました。