コンプラアンス
- [ 医療 ]
先日の不二家の事件でコンプラアンスという言葉が一般の方々にも理解されるようになりました。
医学用語でもコンプラアンスという言葉があります。
ひとつは呼吸生理で肺の膨らみやすさを表す言葉であり、もう一つは薬の服薬遵守状況をさします。
医学的用語の解説はさておき、不二家事件でのコンプライアンスというのは法令順守という意味ですね。この事件で不二家の食品を食べて具合が悪くなった人は、私の知る限りいないかと思います。いらした場合には情報収集不足で申し訳ありません。少なくともめだった形で被害が出たわけではないということです。
それでも不二家はコンプライアンスを守らなかったために”世論”の裁きを受けました。
裁きというのは法治国家にとって根幹ですね。その基本は信頼だと思います。いうこととやっていることが異なっていては信頼は得られません。法律であれ、世論であれ、裁きを受けるのです。しかも許可を頂いて営業している以上その信頼に応えるべきです。許可をも受けずに許可を受けるべき事業を営んでいるなどというのは論外です。
みんなで信頼をし合って生きていく社会というはすばらしい社会です。そういう社会を築いているためには一人ひとりが責任をもって生きていかねばならないのですね。
私のクリニックでは毎朝の朝礼の際に簡単なコメントを話していますが、コンプラアンスの話をしたときに、このようなことを話しました。
たとえば、薬剤の使用期限が2007.3となっていたとします。つまり2007年3月までということですね。ではこの薬を使う事情があって今の時刻が2007年4月1日午前0時1分であった場合、この薬剤を使ってもよいかどうか。一般には”よい”と判断もできるかもしれません。しかし私はコメディカルスタッフにこういう状況でもコンプラアンスを重視する立場を貫くように話しました。
このような状況でも使用して何か問題が起きることはおそらく少ないでしょう。でも問題が起きるかどうかというよりも、法令を守るという態度、姿勢が大切なのであって、いい加減な判断はもはや許されない時代になってきたということですね。たとえ”ほとんども問題ない”としても。
法令順守を貫くという気持ちのほうが、”大丈夫だろう”というような気持ち、または時に考えてしまう”もったいないのでは?”というような”経済観念”よりも重要なことだということです。コンプライアンスの重視を今後ともクリニックでは続けていこうと思います。
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