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2008年7月30日(水)

良いときも悪いときも一緒でもある。

悪いときもあれば、良いときもある。

実は良いときも悪いときも同じように、一緒でもあるなぁ、と。

薬というのはよい部分(求めている効果)と悪い部分(副作用)のごちゃ混ぜになったものです。多くの人では良い部分として作用する薬の量が悪い部分として作用する薬の量よりも少ないために、普通の量をのんでも、良い作用が出るはずなのですが、個人差やその他のさまざまな状況で悪い部分として作用する量が良い部分として作用する量と同じであったり、、またはほんのわずかな量でも悪く作用してしまうことがあるのですね。

もし薬を飲まない場合のことを考えると、これも良い部分と悪い部分が一緒におこるわけです。薬を飲まないので、薬に求めるよい効果が期待できないけれど、悪い部分としての副作用が出ないわけです。

頭痛が続くので、頭痛薬を飲んだら、頭痛はよくなったけれど、胃が痛くなった。再び頭痛がしたので、今度は薬を飲まなかったところ、頭痛は良くならなかったけれど、胃の痛いこともなかった、ということでしょうか。

こういうことって、実はあらゆる行為、判断はみな同じなのですよね。

”何かをする”ということはそれによって得られる期待されることもありますが、期待されないことも同時におこります。一方でその”何か”をしないとすると、期待されることもない代わりに、期待されないことも起きない。

たとえば宝くじ。宝くじを買うと、3億円当たるのではないかと期待されますが、はずれることもありますね。買わなければ3億円も当たらないかわりに、はずれを引くこともありませんね。

人の行為というのはみなそうなのだと思います。当たり前ですね。良いことをしたと思ったら、思わぬしっぺがえしを食らったり、一方で何もしないために、良いことをしたという満足もなければ、しっぺ返しも食らうことがない。

良いことと悪いこととは一緒なのだと。

困ったことの第1は自分にとっては時に一方だけが結果として起こりうる。

困ったことの第2は良いと思っていることと悪いと思っていることが共通なはずなのですが、少しあいまいになってきていることです。

困ったことの第3はその上、時間とともにその状況が刻々とかわることもある。

いつもながらの説明不足なのですが、医療の一部をになっていることが、ある意味で、自分の行為ばかりか、社会のあらゆる所作を考えされられてしまっている状況に陥ってしまっている自分がいることに気づいた次第です。

 


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