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2008年7月24日(木)

字:”刻み字”と崩し字

昨日だったか、新聞で崩し字が通用しない学生という話が載っていました。

私の書いた字はご他聞に漏れず、読めない字なのですが、それでも一応は習字10年の歴史からうまれた崩し字の成れの果てなのです。

ところがわが子も含めて、若い人たちは崩し字はほとんど書きません。

一画一画をきちんと書いています。ただしバランスと言うか、字の体裁を持たない字も多く見られます。

こんな字をなんていうのかわかりませんが、丁度彫刻刀で刻んだような字なので”刻み字”としましょう。

刻み字では文章は書けないですね。時間がかかりすぎてしまいます。

でも試験では間違いなし、になります。 試験対策用の字としては一画一画きちんと書いているので、間違いないわけです。

パソコン世代では表記される文字も正確でないことが多いし、ましてや崩し字は出てきませんね。

ここでふと考えたのですが、崩し字なんて教えてもらったり、筆記用具で書いてあるものを読まない限り、出てこないのですね。

これは、今までのコミュニケートの手段と異なる内容で言葉や意味が伝達されていることなのでしょう。

字の画と似た形だけでコミュニケートされているということでしょうか。”似た形”が今までは崩し字という伝統的に受け継がれた形だったが、最近は”刻み字”で、字の画が同じと言うに過ぎないもの、ある意味で正確なのに、伝統的でないもの、という形でつたわっていく。その刻み字の形は受け継がれていないので共有できにくい、個性的な形ということでしょうか。正確であるにも関わらず。

字を通して伝わるべき、字面だけでは伝わらないものもあるような、それが伝統的に連綿と伝わっていないということでしょうか。

なお先ほどの”字面”ですが、ジオモではなくジヅラと読みます。ジメンでもないです。

とはいえ古文書や江戸時代の手紙(時代劇で出てくる)、札(これも水戸黄門で”御用”とか”税金”とか書いてあるのだろう)はまったく読めない私ですから、崩し字や文体も時代を超えたものではなく、自分の生きている時代が長くなってきたということに過ぎないと言うことなのでしょう。

 


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